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「奈良大文字送り火」と奈良公園の水

終戦記念日の15日、奈良で大文字送り火が営まれた。
送り火(おくりび)とはお盆に迎えた死者の霊を再びあの世へと送り出すことだ。
「京都五山送り火」は一説では平安初期に弘法大師が創始したという伝統行事だ。
奈良のそれは奈良県内の戦没者慰霊と世界平和を祈る火の祭典として昭和35年に始まり、奈良の夏の風物詩として定着している。

高円山(たかまどやま)に灯される「大」文字を望む奈良公園の飛火野で、日も暮れた午後6時50分から慰霊祭が始まった。
奈良県出身の戦没者29243柱の霊気が僧侶から神官へと手渡されて祭壇に迎えられた。
春日大社の神官による神式の祭儀に続いて、市内30か寺から集まったという僧侶による仏式の法要が執行された。
これは宗教、宗派を問わず平和を祈ろう、との趣旨からだ。
奈良大文字1.JPG
僧侶の読経と戦没者遺族の焼香が終わり、午後8時にかがり火への点火を合図に高円山の「大」に点火され、30分ほど灯った。
宇宙を意味するとされる「大」文字は人間の煩悩と同じ108の火床から形作られ、その大きさは第一画目が109m、第二画目が164m、第三画目が128mある。
奈良公園では飛火野や浮見堂のある鷺池から望めた。
奈良大文字2.JPG

高円山の西麓には古都奈良の写真を多く残した入江泰吉の全作品を収蔵・保存した奈良市写真美術館がある。
奈良大文字3.JPG
高円山と御蓋山(春日山)の山麓からは能登川が流れ出ている。
奈良公園の南方を流れながら、同じく高円山の南麓からの岩井川を経て佐保川に合流している。
奈良大文字4.JPG
春日大社の神山の御蓋山(春日山)からは菩提川(ぼだいがわ)が流れている。
春日大社摂社・紀伊神社付近から奈良公園の南縁(写真)を流れ出て、鷺池や荒池に注ぎ、猿沢池の南岸の率川(いざがわ)へと流れていく。
春日大社本殿から興福寺を経て猿沢池に注ぐ御手洗川(みたらしがわ)は率川へと流れ落ちて佐保川に合流していく。
奈良大文字5.JPG
御蓋山(春日山)の北側に連なる三笠山(若草山)との間からは吉城川(よしきがわ)が流れ出ている。
その源流域一帯は春日山原始林で「水谷川(みずやがわ)」とも称されており、水谷神社の裏手にに流れ出る。
朱塗りの欄干の脇に茅葺の茶屋から奈良公園の奈良県新公会堂や、東大寺南大門前、依水園や吉城園の池へと流れる。
東大寺の鏡池の前の大仏殿を西流する白蛇川や東大寺戒壇院付近で大仏池の流出水を合わせながら佐保川に合流する。
奈良大文字6.JPG
こうして奈良公園を流れる1mもない細い川の流れを概観すると、水系が東大寺と春日大社の領域を分けているようだ。

現在、東大寺の鏡池に木造船が浮かんでいる。
これは中国の現代美術家・蔡國強氏による「船をつくるプロジェクト」で建造された。
船は文化など交流した大陸とを繋ぐ象徴とされている。
そして東大寺は国際的に開かれていた奈良時代の象徴的な存在だ。
東大寺の鏡池を「海」として東シナ海を航行した東アジア伝統の木製の帆船が浮かぶ姿は、東アジアの人々が同船して未来に向けたものとして表現されている。
現在の領土や歴史認識など東アジアが抱える諸問題解決を模索していく東アジア文化都市事業として実施されており、『古都祝奈良(ことほぐなら)』(9月3日~10月23日開催)の終了まで展示されている。
奈良大文字7.JPG

参考:
奈良市写真美術館
http://irietaikichi.jp/

AGUA 
http://agua.jpn.org/index.html

東アジア文化都市2016奈良市
http://culturecity-nara.com/event_info/sai/
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