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新発見! 堺の「揚水風車」

堺市博物館で開催された「日本民家集落博物館『堺の風車』修復記念シンポジウム」に参加した。
堺風車1.JPG
昭和時代、沿岸部の畑に風車が林立する風景は堺の風物詩だったという。
大正時代に考案された畑の灌漑用に井戸から水を汲み上げるための木製の「揚水風車」が、昭和初期に普及した。
昭和23年頃の最盛期には湊・石津地区を中心に浜寺から大和川下流沿岸・河口付近まで400基近くが林立していたそうだ。
浜風・海風が強かったのだろう。
戦後、臨海部の埋め立てや宅地開発などで激減した。
2004年には完全に消滅したという。
日本民家集落博物館に移設された昭和4年頃の風車が残っている。
それも台風で崩壊した。
その修築を記念して今回のシンポジウムが開催された。
今では堺市内の小学校や公園に形や機能を変えてその面影を伝える風車が移設・複製されている。
大仙公園には自転車広場の周辺に2基ある。
ただ木製ではなく鉄製で、回っていない。
堺風車2.JPG
大泉緑地には頭泉池のほとりのかきつばた園に木製の風車があるが、回っていない。
堺風車3.JPG
シンポジウムでは心象風景となった堺の「揚水風車」という地域の文化遺産をどのように次世代に伝えるかが話し合われた。
それには「物語」として伝えることと新たな風景を創り出すことがあるということだ。
ただ風車の構造や自然エネルギーという観点からの話しはなかった。
戦後の高度成長で大阪府では地盤沈下が問題になった。
地下水位の低下で風車での汲み上げができなくなったこも考えられる。
風力発電に関しては騒音などの課題も出ているが、立地にあった新たな役割を担った風車を考案すれば、新たな「堺」の風景になるだろう。
参考:
日本民家集落博物館
http://www.occh.or.jp/minka/
(大仙公園の水辺)
堺市博物館から望める池は、江戸時代のため池を改修したどら池(増々池)だ。
大仙公園2.JPG
園内には隣接している仁徳陵の陪塚や古墳が多く残り、その濠に水を湛えている。
大仙公園3.JPG
日本庭園(入園料:大人200円)は築山林泉廻遊式庭園の池がある。
参考:
大仙公園
https://www.city.sakai.lg.jp/kurashi/koen/shokai/shokai/daisen.html
(大泉緑地の水辺)
大泉池は枯れたハスに中を水鳥が佇んでいた。
初夏には淡いピンク色の花が咲き乱れることだろう。
大泉緑地1.JPG
頭泉(かしらいずみ)池にある中島はカワウのコロニーのようだ。
大泉緑地2.JPG
ちなみに水の流れとしては南東から流入する水路がある頭泉池から大泉池、親水水路を経て緑地外へ流れる。
その水路は西除川へ合流していく。
参考:
大泉緑地
http://www.osaka-park.or.jp/nanbu/oizumi/main.html
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